私は、今、驚きの中でこのニュースを書いている。時間は11月9日、午後を少し過ぎたところ。アメリカでは真夜中だろう。アメリカの友人から、「泣きそう…トランプがほぼ当確」という連絡が入って、慌ててテレビをつけた。そうすると、確かに!!!
どうしてこんなことが起こったのだろうか?
みんなが驚くこの結果は、「隠れトランプ支持」が原因ともいわれる。表立ってトランプ支持を表明できないものの、実はトランプを支持している層がいたというのだ。
なぜ、「隠れトランプ支持」が増えたのだろうか?
アメリカが行き過ぎたポリティカリー・コレクトネスに疲弊しきっていたことが、その一因ともいえよう。ちなみに、ポリティカリー・コレクトネスというのは、直訳すると政治的公正だが、すべてのマイノリティを差別しないことを指す。
1. ポリティカリー・コレクトネスに疲弊しきったアメリカ
ハーバードでトランプ支持を表立って表明する人はとても少ない。トランプのような反知性は、知の牙城であるハーバードの価値観に真っ向から反するからである。ところが、このハーバードにも「隠れトランプ支持」がいたのである。
なぜなら、行き過ぎたポリティカリー・コレクトネスに、疲弊しきっていたのは、ハーバードも同じだからだ。
ハーバードを卒業した白人男性は、「僕らは自分の意見を自由に表明することができない」という。ポリティカリー・コレクトが行き過ぎてしまったアメリカでは、白人男性であることはむしろ「原罪」。努力して好成績を修めたとしても、「優遇されてるからでしょ」と批判されることもあるらしい。下手に反論すると「差別主義者」のレッテルを貼られるので、反論すらままならない。
私は思い出していた。ハーバード・ロースクールの学生・ケヴィンが、「ヒラリーは信用できない。トランプの方がまだ信用できるよ」と、酔った勢いでつぶやいていたことを。
彼は憤っていたのだ。『表現の自由』について学ぶハーバードのクラスで、リベラル教授が言う。「共和党の選挙戦は、歴史上稀に見る恥ずべき状態になっている」。トランプを「差別する人」、マイノリティを「差別される人」と表現したその教授に対して、授業後の立ち話で、ケヴィンは不快感を隠そうとしなかった。トランプが差別していて、マイノリティが差別されているということ自体が、ステレオタイプな決めつけだというのだ。
「すべての人がすべての人を差別しているといった人がいるけど、僕は同感だ。マイノリティだって、ある意味、トランプを『差別』しているんだと思う」と説く彼の理論は、ハーバード生だけあって説得力がある。
「なぜ、授業中に教授に反論しなかったの?」と私が聞くと、「一度、授業で同性婚に反対したことがある。授業が終わった後に、LGBT団体が僕の机のところまで来て泣いて抗議したんだよ。『あなたは私たちのこと嫌いなのね。だから、差別するのね』って。もううんざりだよ。」とケヴィンは呟く。
2. 人種差別は絶対しない、でもちょっと行き過ぎ?
人種差別に抗議をした黒人学生がハーバード・ロースクールのロビーを何か月も占拠するという事件があった。そのときも、学校側は黒人学生たちに「どけろ」とは言わなかったし、校内に彼らが大量に貼り付けたポスターもそのままだった。それにもかかわらず、ロビー占拠に抗議した白人至上主義の学生が、トランプのポスターを貼った時には、そのポスターだけが学校側によって瞬時に撤去された。
親しくなったハーバードの学生達は、「ロビーを自由に使いたい。占拠はやりすぎだ」と口をそろえる。「どうして学校側にそういわないの?」と尋ねると、「自分が矢面に立って『人種差別主義者』のレッテルを貼られたら、この国ではまともに就職できないよ」とあきらめ顔。
ケヴィンは、酔った席での戯言を除いてオフィシャルにトランプ支持を表明することはない。いつも口をつぐんでいる。いや、口をつぐまざるを得なかったのだろう。
ポリティカリー・コレクトネスが何よりも重んじられるアメリカ。エスタブリッシュメント層において、ここを間違うと大変なことになる。将来を失う。名誉を失う。信用を失う。
実際に、ハーバード内のサイトに投稿されたデータによると、「共和党支持であっても、共和党的な考え方は授業で表明すると『差別主義者』と言われるので、あえて沈黙する傾向にある」ことが検証されている。ポリティカリー・コレクトネスに反するというイメージの中で、共和党支持者は口をつぐまざるをえないのが現実なのだ。
トランプ支持を堂々と公表できる、粗野で素朴な南部の白人男性たちの中にだけでなく、それを公表できない白人エスタブリッシュメント層の中にも、ふつふつと不満が溜まっていたのかもしれない。そして、その抑圧された力がトランプ旋風に一役買ったのかもしれない。
行き過ぎたポリティカリー・コレクトネスに疲弊しきったアメリカ。そして、それに対する隠れた不満が、ポリティカリー・コレクトネスに真っ向から反発して、移民差別、女性差別を隠すことないトランプに快哉を叫んでいたのかもしれない。
今、時間は午後2時を過ぎたところ。
アメリカ大統領選の結果はまだ確定していない。しかし、何がアメリカをトランプに向かわせたのか。トランプ旋風の背後に潜む、アメリカの闇から目を背けるべきではない。
(写真は”Never Yet Melted”から)