これは驚きである。

 第二回の大統領選直接ディベートで、圧倒的に不利なはずのトランプが意外と善戦し、ヒラリー・クリントンは夫の性的虐待について防戦を強いられたのだ。

 

 ディベートは日曜日の夜、それに先立つ金曜日にトランプにとって致命的なことが起きた。11年前にトランプが“Access Hollywood”という番組のゲストとして呼ばれた時の、番組のホストであるビリー・ブッシュとの会話が問題となったのである。

 それはもう「下衆の極み」的な内容だった。

 メラニアと新婚だったトランプは、それでも既婚女性にモーションをかけて家具を買ってやり、”f***”しようとしたと語っている(試みは失敗した。)さらに、トランプ節は続く。彼は「美しい女性には自動的に惹きつけられる。ただもうキスしちゃうんだ。待てやしない」と語り、「スターであればできちゃうことだよ」とドヤ顔が想像できるような発言をする。番組ホストのブッシュは「ああ、なんだってね」と調子を合わせる。

 続いてトランプは”Grab them by the p***y.”という。日本語に訳すことは絶対できないが、p***yは女性器の俗称、grabはつかむ、themは文脈上美しい女性たちを指すのだろう。もうなんていうか、本当にこれ以上ないくらい下品な表現でしょう?

 

 これでトランプの支持率は地に落ちた。共和党の重鎮ポール・ライアンはトランプと一緒に出るはずだった週末のイベントを拒否し、前大統領候補のマケインもトランプ支持を取り消す。トランプを支持した共和党の有力女性議員に至っては、次の選挙に立候補できないのではないかとすら噂された。なんせ、このニュースは過去の大統領選の歴史の中で最もSNSで話題になったニュースなのである。

 共和党の中には、ここに至って苦渋の決断ではあるが、トランプに今回の選挙キャンペーンから降りるように促す動きや、トランプの副大統領のペンスを何とか大統領候補にできないかを探る動きなどがあった。

 

 共和党エスタブリッシュメント層出身の候補ならば、(そもそもそんな発言はしないだろうし)もはや打つ手を持たないだろう。しかし、トランプは違った。

 ヒラリーとの激突を前にして、彼はセント・ルイスのカンファレンス・ルームに4人の「最も勇敢」と彼が称える女性たちを連れて表れた。3人はビル・クリントンにレイプを含む性的虐待を受けたと訴えている女性である。残る一人は12歳の時に41歳の男にレイプされた女性で、このレイピストの弁護人が、こともあろうにヒラリーだったのである。

 ビル・クリントンにレイプされた女性の一人は、「クリントンは私をレイプし、ヒラリーは私を脅迫した」と話した。そして、トランプがただ「話した」ことと彼らが私に実際に「した」ことは「比較にはならない」と言ったのだ。トランプに女性に対する侮辱についてリポーターが尋ねたとき、ビル・クリントンから性被害を受けた女性の一人は叫んだ。

「ビル・クリントンに同じことを聞きなさいよ!ヒラリーにもよ!」

 それは異様な光景だった。

 

 そして迎えた日曜日の夜、大統領候補同士の二回目の激突。圧倒的に不利な立場のはずのトランプが比較的善戦し、一方のヒラリーは前半において防戦を強いられた。出だしの30分、ヒラリーは明らかに旗色が悪かった。

 もちろんトランプの11年前のテープが話題になる。「よいこととは思っていない、家族に謝る、アメリカ国民に謝る」としながらも、「ロッカールームでの会話だよ」とテープをプライベートなことと位置付けようとするトランプ。それに対して、ヒラリーは「数々の共和党候補と論戦を戦った。彼らの政策には賛成できなかったが、人間性を疑ったことはなかった。しかし、この男は違う」とトランプの人間性を疑う切替し。ここまでのヒラリーはなかなか力強かった。

 だが、状況は一変。「僕の場合は女性を性的に侮辱する発言だけど、ビル・クリントンは実際に女性を性的に虐待した」とトランプが切り込むと、”They go low, we go high”(彼らが低劣ならば、我々は高潔であろう)というミッシェル・オバマの言葉を引用して直接の反論を避けた。トランプは、そんなヒラリーを「12歳の少女をレイプした男を弁護士であって、かわいそうな被害者を二度嘲った」と批判した(この発言が真実かどうかは争いあり)。

 

 さらに、トランプはメール問題について明らかに勉強してきていた。ヒラリーが、国会から召喚を受けた後ですら(証拠を保全しなければいけないはずなのに)33,000通ものメールをサーバから削除したことを突いて、攻勢に立った。さらに次の話題に移ろうとするモデレータに対して、「メールのことは聞かないのか?」と噛みついて、トランプ節の健在さをアピールした。(直前に、モデレータはメール問題のことを聞いていたので、この攻撃は不当である

 

 後半の方こそ、ヒラリーが盛り返してきた。トランプが連邦税を支払っていなかったことを認めさせた。しかし、ビル・クリントンの性的虐待の話題が出た時、ヒラリーはとてもナーバスになっているように見えた。彼との結婚生活というのは、ヒラリーにとって触れられたくない話題なのだろう。

 この大統領ディベートは、今までにないほど相手を攻撃するネガティブ・ディベートだった。最後に、両候補はそれまで攻撃してきた相手のいいところを答えるのだが、ヒラリーは「トランプの子ども達」を褒め、トランプは「ヒラリーが決してあきらめないこと」を褒めた。そして握手して終わった。これだけの人格攻撃を繰り返しながら、相手のいいところも答えるところが、アメリカのディベート、けっこうおもしろい。

 

 私はこの文章を、大統領選ディベートを聞いた直後の興奮冷めやらぬうちに書いている。この後すぐにファクト・チェック(両候補がディベートで言ったことが本当かどうかのチェック)が走り、間髪置かずに有権者の反応が出るだろう。有権者を動かすまでになるかはわからないが、少なくとも私が見た限り、防戦一方になるはずだったトランプが、思いのほか善戦した。

 アメリカの大統領選の行方はまだまだ分からない

 ブログ161011

(写真はデイリー・ニュースから)