ハーバード・ロースクールは、今、非常にショッキングな事件に揺れ動いている。

 

木曜日の朝に、約束の時間に遅れそうで(いつものことではあるが)、ダッシュでロースクールに駆け込んだ私は、異様な雰囲気にぎょっとして立ち止まった。そこには数人の警察官の姿が。ハーバード大学の警察官は、報道などで見る「アメリカの警察官」の強面のイメージとは違ってとてもフレンドリー。いつもはにこにことあいさつをしてくれるのだけれど、この日は何やらとても深刻な雰囲気。

 

そして、クラスメイトが私に「ねえ、聞いた?アフリカ系アメリカ人の教授陣に対するヘイト・クライムの話?」と尋ねる。

ぎょっとして「どうしたの?」と尋ねる私に、彼女が詳細を語ってくれた。

 

ハーバード・ロースクールの大きな回廊には、「テニュア」といって生涯ハーバードで教える権限を持つ教授陣の写真が並べて飾られている。多様な教授陣の個性と知性と熱意にあふれた写真の並ぶ回廊は、ハーバード・ロースクールでも、私が最も好きな場所のひとつである。

聞けば、125人の教授陣の写真のうち、12人のアフリカ系アメリカ人の教授の写真の顔の部分に黒いテープが貼られていたという。

テープが貼られたのは前日の夜中の230分から朝の730分の間とされており、この時間にはロースクールは施錠されてIDがないと入れないので、IDを持っている学生やスタッフの可能性が高いのではないかと言われていた。

このニュースにハーバード・ロースクールは大きく大きく動揺した。

ロースクールの生徒会長は、朝起きて、何通も何通もの激しい不安を訴えるアフリカ系アメリカ人の学生からのメールに驚いたという。

アメリカにおいて「人種問題」というのは最大の闇のひとつであり、これはもう、とんでもなくセンシティブな問題である。「人種差別」については「男女差別」よりもさらに一段上のとても厳しい基準が適用されており、表面的には平等に見えるものでも結果として人種の差別になるようなことに対しては、信じがたい敏感さで警鐘が鳴らされる。「人種差別主義者」とレッテルを貼られれば公的な職を辞めざるを得ないだろうし、弁護士になる道を閉ざされた例すらある。

オバマ大統領の母校でもあるハーバード・ロースクールは、マイノリティに対する理解と多様性を重んじる教育を誇りにしてきた。

そのハーバードのコミュニティ内で起きたヘイト・クライムに対する衝撃は非常に大きかった。

普段は平常に見えて、コケイジアンとアフリカ系アメリカ人(ややなじみがないけれど、これが「ポリテティカリ・コレクト」な用語とされており、「白人」「黒人」というとそれだけで「差別的」といわれることがくらい、センシティブ)の学生が、平和に同居しているように見えた学内は、これを機会に潜在的な対立がいっきに表面化。

アフリカ系アメリカ人の学生は、「ロースクールはいつも先例ばかりを教える。だけれども、先例を変える方法、私たちに対する差別を変える方法を教えないのはおかしい!」と声を挙げはじめる。

ついには、学長が憲法の講義をしているクラスに二十数人のアフリカ系アメリカ人を中心とする集団が押しかけて、クラスをハイジャックする事態に発展。学長に対して文字通り金切り声をあげながら、事態に対して対処することを求める学生たちの集団。これは明らかに異常事態。

それに対して、小柄だがとてもエネルギッシュでパワフルな女性の学長は、毅然と対応した。

「学長があれほど感情を抑えようとしている姿を見たことがない」と友人は言うので、非常に怒りを感じていたと思うが、彼女は決して取り乱さなかった。

「このクラスを受講している数十人の学生たちは、このクラスのために準備してきているの。私たちには議論しなければいけない課題があるの。だから、このクラスを受講している学生たちに、授業を継続したいか、この事態について議論したいか、尋ねさせてちょうだい。」と、まさに、アメリカの民主主義を絵に描いたような対応。

そして、クラスを受講する学生の過半数が、この事態について議論するほうに票を投じると、授業をやめて議論することを許したという。


今、黒いテープを貼られていた教授陣の顔からはそれがされ、代わりに学生たちが思い思いのポストイットに教授陣に対する感謝の言葉を書いて、貼り付けている。

「あなたの憲法のクラスは素晴らしい!私たちにたくさん教えてくれてありがとう」

「ハーバードはあなたを教授陣に迎えたことを誇りに思っているはず!だって、あなたは最高の先生だから!」

そして、回廊には「WE LOVE OUR BLACK FACULTY(私たちは黒人教授陣が大好き!!)」の文字。

アメリカの闇と光を見たような思いである。

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